タグアーカイブ: 原爆

太陽の子

今日も映画を観てまいりました。
このところ気になる作品が一気に公開されているのでせっせと通っています。

話を戻そうか。

被曝県生まれの私としてはどうしても観ておきたかった作品。
去年放送されたテレビドラマを観損ねてしまったしね…

マッドサイエンティストの思考ってこんな感じなのか。
理解できそうであり、受け入れがたい気持ちもあり…葛藤。
DSC_0033

第二次世界大戦下の日本で密かに進められていた原子爆弾の開発。
実際には基礎研究の域を出ていなかったようですが。

ダイナマイトを世に送り出したノーベルが死の商人と呼ばれたように
科学の進歩はしばしば戦争に利用されてきました。
飛び道具が弓矢から砲や銃…そしてミサイルへ"進化"したこともね。

技術は争いごとの抑止力になり、平和利用だってできるのに。
やるせないなぁ。。。

あれから75年

長崎出身の私にとって特別な日。
広島・長崎ではそれぞれの原爆投下日が登校日で、平和教育を受けています。
就職してからは11時2分にそっと仕事机を離れて黙とうを捧げていますが、   
今年は日曜日なので自宅で平和祈念式典の中継を観ることができました。

山里小学校の6年生のみなさんが歌った「あの子」。
ちゃんと歌い継がれているんですね。
「あの子らの碑」もきっと大切にされているんだろうな…

県北の佐世保出身なので長崎市内ほどの原爆教育を受けていないと思いますが
「NO MORE ナガサキ」だけは今も心の中に焼き付いています。

「REMEMBER」ではなく「NO MORE 」。前にも書いたことがありますが。

毎年、この日を迎えるたびに戦争という悲惨な出来事に思いを馳せます。
私にできるのはこの程度ですが、生きている限り続けるつもりです。

原子雲の下に生きて

小学生~高校生の頃に集めた本の中から、
実家を出るときにこの2冊だけ持ってきました。
IMGP9021
 
 
原爆投下から70年を迎えた今日、久しぶりに読み返しました。
両親や兄弟、周囲の人たちの死に様が淡々と綴られた文章は
悲しみと健気さと祈りに満ちていて、命の重みを訴えてきます。
 
幼い頃に人の生き死にを当たり前のように目にしていたなんて。
私も小さい頃、祖父母や父親から佐世保空襲の話を聞いて育ちましたが
何度聞いても、想像を働かせても理解できないというか…
考えることを拒否してしまいます。
 
戦争の話を見聞きするたび、ただ漠然と生きている自分が嫌になります。
そんな風に生きていることこそが平和の証しなのかもしれませんが。
 
 
もっと大事に生きていかないとね。

マツタケのような

雲ですね… DSCF0020
 
他の形容も思い付いたけど、敢えて回避。
二度と使ってほしくないものです。被害は日本の2発だけで十分です!!
 
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。