今回、「1.17のつどい」会場に行って感じたこと…
今では冬の風物詩となった神戸ルミナリエですが。
その開催意義に疑問を呈する方々の心情が少し分かったような気がします。
どちらも鎮魂の意を込めて開催されているはずなのに
ルミナリエは年末に街を彩る楽しいイベントのひとつになってきているな…と。
震災の年に開催されたルミナリエのことを覚えています。
当時は関東にいたためTVでニュースを観ましたが…
そこには鎮魂の思いと復興への願いと希望が込められているように感じました。
関西に引越してからはほぼ毎年ルミナリエ会場を訪れていますが
屋台は大人気でも“慰霊と復興のモニュメント”に訪れる人の姿はまばら。
会場内の100円募金も“ルミナリエの開催継続”を謳っているだけで
本来の開催意義については全く触れられていません。
震災復興と言うけれど、いつを以て“復興を果たした”と言えるのかな?
だれかの心の中に傷が残っているうちは復興したとは言えないような気がします。
今後もルミナリエの開催意義についての議論はでることでしょう。
それでいいと思います。
話が出るうちは震災を忘れないでしょうから。
できればルミナリエというイベントが開催されたきっかけだけは残ってほしいです。
あくまでも個人的な意見ですけどね…
コメント
そう言えば、東日本大震災の後に俄かに起こった節電ブームが
(ブーム、って言っちゃいけないのかな)
いつの間にやら有耶無耶にされている!と思っていたところでした。
相変わらず商店の照明は無駄に明るいばかりだし…。
自粛ばかりでは経済は発展しない、というのも判るのですが
その活性化した経済の効果が被災地に向けられているのかと言えば
それもまた疑問に思いますし…。
議論をして、それぞれの立場の主張をして、その上で被災者の気持ちに
ずっとずっと寄り添っていける日本人でありたい、とつくづく思います。
綺麗なものは人の気持ちを明るくしてくれるのも、またひとつの事実。
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☆みもー様
ブーム…まあ…そういう雰囲気ではありましたので…否定できんな(苦笑)
喉元過ぎれば何とやら、という感じは否めませんね。
時間が経つにつれて関心は薄れていくのは仕方のないことです。
せめて教訓としてしっかり記録を残すことができれば良いのですが。
私も人様のことを批判するできるような立場にはありませんけど…
前の職場では大半の方が阪神淡路大震災の被災者でしたので
1月17日のたびに「あの時は~」という話が出ましたが、私には全く理解できず。
当事者ではないと理解できない内容だけに容易に同意もできず、
かといって安易に突っ込める内容でもなく…その場にいつのがキツかったです。
(1.17のつどいに行くのを遠慮していた最大の理由でもあります)
ルミナリエは私のような人間には理に適ったイベントだと思っていただけに
“綺麗なだけ”で終わらせるのはちょっと違うような気がしていました。
多分、多くの方はルミナリエの消灯式をご存知ないんでしょうね…
(私も現地で見たことはありません。最終日は平日の夜なのでーー;)
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